蒼夏の螺旋 “冬萌夢始”
 



 今回の年越し&お正月は旦那様のお仕事の関係で、なんと都心の一流ホテルで過ごすことと相成った。そのホテルの迎春企画、ファミリー向けの“年越し宿泊プラン”の企画を請け負ったため、歌とマジックに有名どころを招いてのディナーショーの立案から、ホテルからちょっと出歩ける程度の近辺に案外多くあった“縁起のいいスポット”の発掘、お料理とお土産の手配に館内の装飾コーデュネイトまで。大きなことから小さなことまで、そりゃあ色々なことを包括していて、秋口から取り掛かってクリスマスまでかかった大きめのプロジェクトだったんだけれど。ホテルの各部署への連絡網を最初にきっちりと立ち上げてあったので、当日寸前から急に冷え込み、元旦には雪までちらついた極寒の襲来なんていう突発的なアクシデントへも見事に対応出来て、そりゃあ好評を博したそうだ…というのは後から聞いた評判で。
『ホテル〜?』
 現場の統括主任だからゾロが泊まり込みになるという話はクリスマス前に聞いていたルフィだったが、自分まで呼んでもらえるとは思っていなかったため、
『それなら他所よりは遅いお正月をお祝いしようって、一応のお買い物の計画とか立ててたのにな。』
 彼なりのものを考えてたのにと、ちょいと不満げに頬を膨らませたものの、どうかお願いしますとご亭主から頭を下げられては仕方がない。まだ手をつけてまではいなかったからと、了解の意を呈し、
『…怠けたくてOKって言ってんじゃないんだからね。』
 おおう、そんな方面のプライドが黙ってなかった奥方だったらしいです。俺としては不満なんだからねと念を押した小さな奥様、一夜飾りは縁起が悪いの伝ではないが、最後の詰めに取り掛かったゾロと一緒に30日からホテルへ入って。初日は普通のツインのお部屋だったものが、大晦日になって急なキャンセルで空いてしまったスィートへとエスコートされたのには、正直ビックリ。
『ごめんな、バタバタさせて。』
『俺はいいけど、こんな立派なお部屋、良いの?』
 最上階に2つしかない“インペリアル・スィート”ほどではないながら、それでも…据えられた家具も高そうな、見晴らしの良い寝室が2つもあったし、リビングだってそのまましゃれた喫茶ルームにしちゃっていいほどに、広くて落ち着いた雰囲気のある、さりげなく凝った作りの上品なお部屋になっていて。飛び込みのお客さんへこんな高額の部屋しか残ってないって押し付けるより、普通のツインのお部屋を残しとく方が効率は良いんだってさと、そんな風にゾロは言ってたけど、
“唐突な思いつきでこんな大きなホテルに泊まろうっていうような人なら、そんなことくらいに怖じけたりしないんじゃないのかなぁ。”
 細かい刺繍が綺麗な、ゴブラン織りのふかふかクッションを抱っこして。優美な猫脚のラブチェアに腰掛けたまま、ひょこんと小首を傾げた奥方だった…のだけれど。セットになってたホールでのディナーショーでは、あんまりややこしく凝ってはいないコース料理がそりゃあ美味しかったし、それは品がよくて優しい笑顔の白髪の紳士が、ジェスチャーやパントマイムだけで一言も話さぬままに演じたハンドマジックのショーは、ところどころで“失敗かな?”なんて思わせるコミカルさも交えての楽しいものだったし。その後の混声合唱と室内楽のコンサートも、静かで優しい選曲が心地良くてうっとり出来た。メニューや演目も素敵だったけれど、あのね? お仕事に一区切りついた旦那様がずっと一緒だったのが、一番嬉しかったルフィだったらしくって。
『これで今年のお仕事は終しまいだ。』
 各所で何か不都合があったとしても、それは現場のスタッフさんたちが何とかするお仕事で、統括の人間が出てってどうにか出来るものではない。それこそ縁起でもないことだが、ホテル全体なんて規模での大きな事故にでも見舞われない限り、撤収した後の反省会までもう出番はないんだよと囁いてくれて。ラウンジでのカウントダウンにおいでになりませんかと、結構幹部の方だろうホテルスタッフの人からお誘いがあったのを丁重にお断りし、お部屋で二人っきりで…夜には弱いルフィも何とか頑張っての年越しをして、


  ――― さて。





            ◇



 あまりスプリングの強くない、いわゆる“低反発”とかいうマットの敷かれたベッドに、綿雲みたいに頼りないほど軽いのに身体に寄り添って温かな、最上級の羽毛のお布団。柔らかな明るさが仄かに滲んで、肌に優しい温かさの満ちた静かな静かな空間の中という、まだ夢の中にいるんじゃないのかしらと思ってしまうような、素晴らしい朝を迎えて、
“…なんだ、まだ七時じゃないか。”
 昨夜は年越しの時報を聞いてからそのまま素直に寝入ったので、結構な時間の睡眠を取ったことになる。それでと体内時計が働いて勝手に目覚めてしまったらしく。広くて清潔なという点は同じながら、それでも自宅のそれとは少しばかり勝手の違う、お泊まり先の寝台の上なんだと気づいたとほぼ同時、これも自宅と条件的には同じな懐ろの中の柔らかな温みに…ついついお顔がほころんで。ふかふかな黒髪へと鼻先を突っ込んで、そぉっとながらも小さな体を“きゅうう”と抱き締め直したところが、

  「………ん。」

 小さな小さな声がした。おや珍しい、彼にしてみればもう少しほどは眠っていたい勘定になろうにと思いつつ、もしかして慣れないベッドだったから眠りが浅かったのかなと。ちょっぴり案じながらも…愛惜しさには勝てなくて。
「ルフィ…。」
 指通りの良い髪を撫でながら、お正月の朝だぞ、おめでとうと、福々しくもおめでたい気分にて。首を傾げているようなカッコになりつつ、横合いから愛らしいお顔を覗き込んでみたのだが。

  ………え?

 小さな肩がふるりと震えて、小さいものながら“ひぃっく…”とせぐりあげる声が漏れ聞こえ、覗き込んだお顔に…ちかりと光ったものが見えたから。
「ルフィ?」
 ほんの一瞬前までの、砂糖菓子を愛でるような甘い気分なぞ一気に吹っ飛んで。大判の羽毛布団の中で素早く身を起こすと、その腕に抱きすくめたままの愛しい奥方を懐ろの中に見下ろして、少し大きめのパジャマの中で丸くなってる小さな背中を撫でてやる。
「どうした? どこか痛いのか?」
 アイスクリームや冷たいジュース、確かに多少は飲み食いしていたが、そんな理由からお腹を壊したことはない彼だし、本人もふるふるとかぶりを振るからそうではないらしく。だが…ならばどうしたのか、なかなか言い出そうとしないまま、こちらのパジャマにしがみつき、くすんくすんとしゃくり上げているばかり。
「…ルフィ?」
 間近になった幼い風貌の、その一番の特徴である大きな琥珀色の瞳。常なら溌剌と瞬いては豊かな表情を映して、それはそれは元気で愛らしい眼差しをしている彼なのに、今はそんな目許も涙に縁取られて何とも痛々しくて。
「どうしたんだ? 怖い夢でも見たか?」
 いつだって頑張り屋さんで、何よりも見かけの幼さと中身は違うのだと重々分かっているのだから。そこまで子供扱いするのも何だかなと、言いながら思ったところが………、
「…うん。」
 目の前の黒髪が、こくりと頷いた仕草に合わせて下がる。こちらの胸板へくっつけていた頬を濡らす涙がなかなか止まりそうにない辺り、相当リアルで辛い、堪
こたえるような内容だったのだろうが、
「る〜ふぃ〜。」
 一体何事かと焦っていたゾロとしては、ほっとして胸を撫で下ろし、小さな身体を長い腕でくるみ込むようにして更に深々と抱きしめてやる。
「夢だよ、夢。ほら、今はどこにいる? 誰と一緒にいるんだ?」
 苦手なお化けでも出たのか? それとも…迷子になって心細かったのかな? でも、それって“ホント”じゃないだろうが。こうやって、二人一緒に居るんだから………その、なんだ。いくらでも頼れるってもんだろうがよと。言っててさすがに少し照れ臭くなり、それでも“んん?”と確かめるようにお顔を覗き込んでやると………。
「………でもな。」
 おやや、ただの夢と割り切れない内容だったのか、すがるような頼りない表情になって切なく見つめ返してくるルフィであり。どうやらこれは“なぁ〜んだ夢のお話か”なんて、簡単に片付けてはいけないらしくって。パジャマの二の腕へと掴まって来る、小さな手のまだ暖かい感触が、懸命なのに力なく。それが愛しくて…小さな頭ごと大きな手のひらの中へと抱え込み、自分の体温を分けてやることで励ますように、ぴったりと身を添わせてから、
「どんな夢だったんだ?」
 あらためて聞いてみる。いつも言ってあること。嫌な夢なら誰かに話した方がいい。そうすることで…それを聞いた人が本人も知らずにどこかで意識するからね、そんなせいで運命やら巡り合わせが変わるから、夢はその通りに実現出来なくなる。良い夢は内緒に、悪い夢は誰かに話すことって、いつもいつも言ってある。丸ぁるいおでこに触れるだけのキスを降らせて、ほらと促す眼差しに励まされ、小さな奥方、まだちょっと涙に震えてる声を何とか絞り出しながら、訥々と語り始めた。


  ――― あのねあのね、ゾロが結婚を勧められる夢だったの。

       はい?

 こんな大きなホテルの、稼ぎ時の大勝負でもあるほどの企画を任されるような、そんなまで出世したゾロだから。もっともっと大きな…日本有数ってほど規模の大きな商社とかグループの主催する、全国規模の華やかな企画とかにも抜擢されるようになっていてね。そういう偉い人っていうのか、経済界を動かすほどに人脈のランクが高い人たちの集まりともなれば、レセプションだの何だのへ、女性をエスコートしてかなきゃいけないんでしょう?
《 もうそろそろ身を固めても良い年頃だろうし、ご婦人同士の社交の場でのつながりというのも、思わぬ出会いやヒントをくれることがあって、あれでなかなか蔑
ないがしろには出来ないものだって言うからね。》
 そんな風に社長さんとか重役さんから勧められて、でもゾロは俺がいるからって、そんな勧めを片っ端から断って断って…。

  「世帯持ってなきゃ一人前じゃないなんて、古い考え方には違いないけどサ。」

 それでもね、そういうのが今でも厳然と生きてて通用している世界はある。男女平等が当たり前だとか、人種で差別するなんて今時恥ずかしいことだとか、公けの場では言われながら、でも。頭の古い人たちがまだまだ現役で主役だったりするような、ランクが破格なほど上のエグゼクティブな世界では、そういう古めかしい前時代的なことが嘘みたいに大事にされていまだに重用されてるから。もっともっと未来が舞台であるならともかく、昨日今日から、あと十数年ほどという程度の歳月くらいで大きく変わるものではなかろうから。
「だからさ、そういうこともあと何年かしたら起きるかもだなって思ったら…。」
 何だか苦しいままに目が覚めて。見回したのが…自宅ではない豪華な寝室。こんな立派なホテルの今年を占うような、それはそれは大きなお仕事を、余裕でこなせる自慢の旦那様。そんな彼の将来のお邪魔になりはしないのかしらと、そう思ったら…何だか悲しくなってしまったのだそうで。
“………。”
 子供の繰り言なんかじゃない。あの、経営コンサルタントとして世界的に名を馳せている男とともに、その道その世界の裏も表も見て来た彼だからこそ、それが現実というものだと重々分かる。歴史がある国は勿論のこと、蓄積のない若い国も負けじとばかり、古式ゆかしい風習だとか、古来からの格式だとか何だとか、今の世にはあまり実のないようなものにこだわって、余計なものをこそ重んじる場合の何と多いことか。そんなこんなまでもが目覚めと共に想起され、
「ふみ…。」
 せっかくのお正月早々、胸が痛くなるよな想いをして目覚めてしまったルフィだったらしい。

  「………あのな。」

 ルフィにとっては“たかが夢だ”と一蹴出来ない、そんな内容であったらしいというのは分かったが。む〜んと目許を眇めたご亭主、ぐしぐしとすすり泣く奥方の背中を撫でてやりながら、
「そんな古臭くてややこしいことを守れだなんて、細かいことをごたごた言うような奴が相手なら、俺としちゃあそんな提携は断るけどな。」
「そんなの…っ。」
 口で言うほど簡単に出来っこないと言いかえそうとして顔を上げたルフィへ、
「青二才のたわごとだって言うならそれもいいさ。」
 きっぱりとした強い眼差しが、真っ直ぐに見つめ返して来る。
「カッコつけて言ってんじゃない。そういう頭でいるよな奴が仕切ってるような会社やプロジェクトチームが、一般の人を相手にするよな企画を立ち上げたところでな。企画自体が、お客を色眼鏡で見ては差別とかしかねない、そりゃあ貧相な代物になっちまうって思うからだ。」
 例えば、そんな偉そうな上司にばっかり調子のいい“腰ぎんちゃく野郎”がスタッフのチーフとかに座ったらどうなると思う? それでもう、上役と同じような定規でしか人を見ない奴に仕切られた、柔軟な判断が出来ない…慇懃無礼で失礼千万なイベントしか催せなくなる。そんなんで良いならそんなのが得意な奴に、埃まるけなマニュアル叩きつけてやらせりゃあいい。
「創意工夫の入り込む隙さえないものを“企画”して何が面白いよ。企画ってのは、それへ接する人を楽しませたいって思うから やり甲斐があるんだ。」
 そういうもんだろ? と訊かれて、
「えと…。」
 言葉を返せずに戸惑っているルフィに気づいて。そこでやっと、ちょいとムキになって熱弁を奮ってる自分に気がついた。いつの間にか、大きな手で相手の二の腕を掴み、説得するよに向かい合ってさえいて。
「…ご、ごめん。」
 慰めなきゃいけないのに、何を熱血やってんだ、俺。そんな感じでしどもどしつつ、我に返ったらしいゾロに、

  「…おっかしいのvv

 キョトンとしていたルフィもまた、やっと我に返ったようで。そのまま小さく吹き出して、軽やかな笑い声を立て始める。ゾロって案外“燃える男”なんだね、知らなかったなぁ。何だよ、だるいのタリィの言ってる若いのの方が良いのかよ。そんなことないけど、でもネ?
「若いの、なんて。もうオジさんみたいな言い方してるしvv」
「るふぃぃ〜〜〜。」
 痛かった夢見への涙も乾いて、今度は笑い過ぎての涙が滲み出して来るのを、指先でごしごしと拭ってる、可憐で可愛くて…大事な人。

  “大方、昨夜ラウンジに誘って来たマネージャーさんが、
   セミフォーマルな格好で固めてたご夫人連れだったことを覚えてたんだな。”

 しかもしかも、ゾロが奥様の方へとついつい視線を留めていた。実を言うと…何だかややこしいデザインのひらひらしたドレスを着てらしたので、どこをどうして留まってるんだろうかと不思議に思っての注視だったのであり。これを後日に暴露したら、
『…俺もそう思った』
 なんて、ルフィも笑いもって言ってたくらいに奇天烈だったから、ああいや、あのその…げほがほ・ごほん。
(笑) いつだってお元気でおおらかで甘えん坊で、屈託のない素直なところが誰からも好かれて、それより何より…ゾロにとっては格別な“元気の素”なのにね。そんな君が泣くのは辛い。この身を楯にして風にも当てずに抱いてたいほど、何よりも大切にしたい人だから。何に替えても守るし、いつも笑っていてほしい。


  ――― 笑ったらお腹空いちゃったな。
       そうだな。朝飯に行くか。
       もう下げられてない?
       何言ってんだ。正月なんだからのんびりモードだよ。
       あ・そうか。プランニングした人が言うんだから間違いないよね。
       それと。
       ?? 何?
       初夢ってのは、今夜から明日にかけての晩に見るのを言うんだと。
       …じゃあ、頑張ってもっと良い夢見なくちゃね。


 何をどう頑張れば思い通りのを見れるんだ? あ、何か馬鹿にしてる。してないよ。お互いのお着替えに手をかけながら…時々 隙を衝いての“ちう”で邪魔もしつつ、それは楽しげにお支度にかかる。何だかドキドキした年の初めになりかけましたが、悪夢なんてもんではビクともしないぞと、頼もしさの増した旦那様の大きな手の温みへ頬を染めつつ、小さな奥方、それは幸せそうに笑ってくれましたとさvv



  〜Fine〜  05.1.13.


  *唐突に、しかも微妙に時期遅れなネタですいません。
   でも、今書いてUPしないともっと遅れると思いまして。
(こらこら)
   年の瀬とかお正月とかこそお忙しい人たちですが、
   本人たち自身はあんまり変わってないので悪しからずというところでしょうか。

ご感想などはこちらへvv**

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